
初めての本格純文学。
読了しました。
さすがに純文学は、私にとって難しい。小説を書く側の視点からみると、よくわからないところが多かった。
- なぜ、ここでこの場面を書いたのかという必然性
- なぜ、こういう人物が出てきたのかという必然性
エンタメだとこういう「なぜ」に対する理由がはっきりしている。
だけど、純文学ではしばしばよくわからない場面や行動が出てくることがある。
たとえば、芥川龍之介の「トロッコ」は最初から最後まで意味が分からなかった。「羅生門」もよく分からなかった。解説を読んでやっとわかったようなものだ。
今回の「浮世の画家」もよく分からない場面が多かった。
ただ、話の大筋はよくわかった。つまり、以下のようなストーリーだ。
終戦により時代が大きく変わったのに、古い価値観を捨てることのできない老画家が、戦前の自分の名声に対して罪の意識を持っている。
おそらく、戦争を賛美するような絵画を描いて、戦意高揚の一助を担ったということだろう。でも、作中ではそこまではっきりと述べられていない。
戦後になって周囲が自分を疎んじるようになったのは、戦争協力者のような過去の行動が原因だと思っている。娘の結婚が破談になったのも、それが原因だろうと。
だけど最後になって判明する事実は、主人公の過去のことなど誰も意識しておらず、疎まれていたのは、古い価値観のまま変えられない時代遅れの言動が原因。
でも、最後まで本人はそのことを認めることが出来ない。認めると、自分の栄光ある過去を否定することになるから。
テーマの主軸はこれだろう。読んでいて、まるで私の親父のようだと思った(過去の栄光はないけど、古い価値観を変えられなかったという点で)。
だけど、この主要なテーマを進めるにあたって、話の寄り道が多い。
一見すると寄り道に見えるけど、実は何らかの暗喩だったのかもしれない。それが読み取れた部分もあったけど、読み取れないところもあった。
ここを読み取れるかどうかが、純文学を読むセンス。私はまだまだセンスが十分でないのかもしれない。
読後感もそんなに軽くないので、今回は満足度が高かった。
何度か読み返してみて、純文学の構造を研究してみる必要があるかもしれない。
私の構想を書く上で参考になるからとGeminiが勧めてきたのがこの「浮世の画家」だったけど、結局あまり参考にならなかった。物語の構造が違いすぎた。
所詮AIなので、内容の本質まで理解することは出来ないらしい……
さて、次の読書は8冊目ですが、読む本は決めました。
次も純文学です。少々変わり種。安部公房の「砂の女」にします。