まだ名付けられていない旅

数学・小説創作・英語・運動――50代からの学びと暮らしの記録

幹部研修に興味なし(つづき)

昨日断ったはずの幹部研修ですが,向こうも簡単には諦めない.

予想通りではあるけど,今度はどういう断り方のカードを切ったらいいか?

それとも,諦めて受け入れるか?だけどそれも癪に触る.向こうの言いなりになってたまるか.私の事を本当に期待してるならともかく,単に頼みやすいから頼んでるだけというのが明白だしね.

だけど,断り続けたら業務命令というカードを最終手段として切ってくるだろう.そうなるともう断れない.

どっちみち行かなきゃならないのであれば,強制されてしぶしぶ行くよりも,腹を決めて受け入れた方が気持ちの上でスッキリするかも?

いや,私がそういう考え方をするのも,先方は折り込み済みなんだろうな.

何度も言うけど,幹部になりたい奴らは他に大勢いるから,そういう奴らに声をかければいい.なぜ幹部に全く興味ない私に声をかけてくるのか?

少し考えたら思い当たるフシがあった.

 

私は老子道徳経を自分の生き方の指針として,若い時から事あるごとに読んでいる.その中で以下のような言葉がある.

賢者は、人の上に立たんと欲すれば、人の下に身を置き、人の前に立たんと欲すれば、人の後ろに身を置く。

人の上に立ちたいなら,あえて人の下に身を置きなさい.人の前に立ちたいなら,あえて人の後ろに身を置きなさい.そうすれば,皆から支持されるという意味.

だけど,私は意識しなくても人の下に身を置くような行動をとって,あえて目立たないようにしている.それは別に人の上に立ちたいからではない.

目立ってしまうと,妬まれたり,足を引っ張られたりとロクなことがないからだ.それで何度も嫌な思いをしてきた.

だけど,そのような表に出ないという行動が,今回は裏目に出てしまったのかもしれない.

 

人の上に立ちたい,人の前にも出たいという野心ギラギラの人が,その欲求を抑えて意図的に低姿勢をとれば,かなり狡猾な処世術になる.

だから,若くて能力のある同僚に言いたい.

「もっと人の下に身を置くようにしてくれ!」

そうしていれば,私にこんなめんどくさい話は降ってこない.

若い奴ら(と言ってもそれほど歳の差はない)はギラつきを隠そうとせず,能力の高さを自慢しがち.私から見れば,人間的にまだまだ未熟だなと思う.

ん?

私がそう思うくらいだから,ひょっとして幹部も同じことを考えたのか?

 

とにかく,今回の件はしばらく返事をせず放置することにする.回答期限が近づいたら向こうから聞いてくるだろう.

それまでの間,しばし考えてみる.